チコちゃんに叱られないブログ

人生は旅なのです😋

苦い、レモンの匂い・・・メモとして


苦い、レモンの匂い

2019年4月3日 

 

 おいら、死んだら、この世から消えるように居なくなりたい。

 

 未練なんてないし、執着したってあなたの命はここまでですよ、で、いずれ断ち切られるのだから、変な執着をしていたって仕方ないから今をあっさり生きたいのだ。

 

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 あっさり生きるってのは生き方じゃなくて、美味しいものを食べ、登山でも旅行でも好きな時に好きなだけ行けるような暮らしするけど、命が終わるよって時に執着して未練を残さないであっさりして逝きいだけなのだ。 

 

 煩悩は溢れさせて生きるのだけど、大それた煩悩を抱かなければそこそこの煩悩は叶う時代であるのだ。その程度の煩悩のままにこれからもだ。

 

 

 

 

 だから、神様に、あなたの命はここまでですよって言われても、そうか『よく生きてきたな、じゃこれで終わりですか』で終われたら最高じゃないかと思っている。

 

 実際に医者にあとこれこれの余命です。

 

 って、言われたら、おいらうろたえるのだろうか。

 

 それとも死ぬってことの意味が理解できないから、いや死ぬなんて意味は理屈で分かっていても実際のところは誰にも分っていることじゃないけど、粛々と受け入れてさらっと払い流しせるのだろうか。

 

 死ぬって経験は、その経験を誰にも伝えられないんだ。

 

 おいらには生きると死ぬを理解する能力欠如しているかもしれないから、死ぬってどんな事なのか、そのことがいまださっぱり分からない。

 

 死ぬことに実感はないけど、でも、残された者のことは誰でも大体わかるようになる。生きていたら少なからず経験しているか、これから経験するからだ。

 

 経験は、米津玄師Lemon のように『きっともうこれ以上 傷つくことなど ありはしないとわかっている』のだけど、その傷も、時が風化させる名薬のまえには抗しきれない。

 

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 どんな大切な人を失っても、凡人は心病むほどには、その悲しみを持ち続ける能力はおよそ無い。

 

 

 苦いレモンの匂いはレモンを齧った一時だけのことだ。

 

 

 苦いレモンの匂いがいつまでも残るのは、脳の中でその匂いが再現できる心病んだ人だなのだ。心病んでいるときには苦いレモンの匂いこそがすべてなのだ。心病んでいつまでも苦いレモンの匂い追い求める辛さはおいらには分からない。

 

 ふとした時に苦いレモンの匂いが流れ来る。

 

 おいらは苦いレモンの匂いを・・・いつか消えるように忘れている。

 

 幸いなことか不幸なことか、おいらをこの世に縛り付ける諸々のややこしものは今はもうない。いやおいらが勝手にそう思っているだけだけど、勝手にそう思えるってことはそうなんだろうと思う。

 

 ゆえに死と共に完全消滅したいのだ。誰の心からも・・・誰にも苦いレモンの匂いを嗅がせたくはない。

 

 

 今では天上天下唯我独尊的にこの世に我一人ゆえに我は尊しでやっている。

 

 釈迦が『天上天下唯我独尊』と言ったといわれるが、この言葉は自分がこの世で釈迦一人尊いといった意味じゃなくて、誰しもがこの世のオンリーワンで、何にも代えられないかけがえのない尊い命と言っているのであって御身大切にってことだ。

 

 その我ことおいらは、おいらに続く心を縛り付ける繋がりがおいらの中にはほぼ無いので、この世に心を縛り付けられるってことがないのだとろうと分かった風に勝手に思っている。こんなこと、依怙地なだけかもしれないけど。

 

 すぐに消え去る苦いレモンの匂いなど発したくはない。可能なら行方不明のまま消滅したいが、それは根性なしのおいらには大望過ぎる。

 

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 なんにしても生きている以上はは食うし出すものは出す。生ごみも出さなならんし、資源ごみ不燃ごみも区分けし、ペットボトルキャップと、ボトルカバーも取り除く仕分けもしなきゃいけん。

 

 

 おいら死と同時にこの地球も何もかもおいらも含めて、もしその時においらに思考があれば、ああ死後虚無しかないのだなあと実感するだろうってことを今考えている。つまりおいらが死ねばおいらの消滅と共に、生息観察していた地球はおいらからも消えたと同じになる。

 

 これって無宗教なのかどうかも分からない。

 

 神社に行けば、礼拝をして柏手を打ってくる。

 

 へ行けば、両手を合わせてくる。

 

 以前はそんなときにいろいろお願いしたこともあったが、今は願い事をすることはない。何も考えずに無で柏手を打つか両手を合わせているだけだ。

 

 

 に入って二代ぐらいまでには何とか覚えていてもらえるかもしれないが、三代ぐらいになればもう誰もおいらのことを思い出したり伝えたりする人はいない。

 

 その時にはおいらは完全消滅しちゃうはずだ。

 

 それが完全死ってやつだ。

 

 でもおいらはその時じゃなくて、死んだと同時にそうなりたいんだ。 

 

 だから墓はいらない。

 

 墓はいらないから遺骨もいらない。

 

 死ぬのは普通病院でだろうから、死んだら直送焼き場で焼いてもらいたい。通夜葬儀なんかはごめんこうむりたい。

 

 死んで焼いてもらった遺骨はいらなのでそのまま処分してもらいたい。どうしても遺骨を受け取らなきゃいけないなら、どこかに散骨で遺骨を消してもらいたい。

 

 あるいは合同納骨所に焼き場から直行送りしてもらいたい。

 

 そんなおいらでもこのブログは散骨としてネットの中で漂っていても構わないと思っているから、その程度にはこの世に未練があるのかもしれない。

 

 いやこれは未練じゃないなあ。

 

 ネットの中の情報過多は逆の意味で見ず知らずの世界の無でもあるのだ。

 

 だからその無の中に紛れ込ませることで、おいらがより無に近づけると思うのだろう。あるいは無ではなかったかと感じることができているのかもしれない。

 

 これは焼き場で焼いたっておいらの一部は煙に変化してこの世にその微粒子残滓は漂うし、焼け残りの遺灰は散骨したとしたってバクテリア分解し、そのバクテリアを取り込む何かによっておいらは何かの中に残り続けるのと同じだ。

 

 おいらが完全に消えてなくなることは、地球が消えてもビッグバンが起きたって何かに変化してこの宇宙の一部なのは未来永劫の時変わらないのだ。その時おいらは死んでいるのか。

 

 その時においらは死んでいてもおいらは消えていないことになる。おいらっていう質量はなにを持ってしても計測不可能でゼロに等しいものだろうが、どこかにあるのには違いないはずだ。

 

 

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 十代から、死は怖かった。

 

 ある家で人が死んだだけで、その家の前を通るのが怖かったほどだ。

 

 二十代三十代・・・年代が上がっても死は怖かった。

 

 おいらあと何年生きられるのかと・・・平均寿命から自分が後どれだけ生きられるのか計算してみたことも多々ある。

 

 というのは母はおいらが三歳の時に、小学四年生の時にだから十歳で逝っている。ゆえにおいらの家系はなんとなく短命なのかと思っていた。そしてを失ってますますおいらの家系は短命OK?なのだと思っていた。

 

 そんなおいらが兄と姉の歳を越え両親の歳を越えてもまだ生きている。

 

 これが生きる上での勝ち組でなんでなかろうか。

 

 おいらは父と母と兄と姉から生きろってことのたくさんの幸せをもらったことになったから、これでもう十分なのである。

 

 心配性なのか栽培してみたかった植物を手に入れたときにさえも、この苗はおいらにもしものことがあったらどうなるのかなと、そんなことでさえ死について考えていたことも多々ある。

 

 これは両親から受けた愛の期間の短さゆえの、精神的に満たされなかったがための代償行為的偏愛でそうなったのかもしれない。

 

 年齢が上がってきてだんだんと死が近づくにつれて、それが死が怖くなくなってきた感じがする。死が隣にあるのが人生だと思うようになってから、若いころほどに死が怖いって思わなくなった。

 

 若いってことはそれだけ生命力に溢れているから、逆に死について漠然とした怖れがあるのだろう。死なんて一足先で待っているだけのものなのだから、いっそ死と友達になっちゃえばいいのだ。

 

 と言っておいら今死たいなんて、鼻の孔からひょり伸びて突き出た鼻毛ほどにも思っちゃいない。

 

 永遠に生きられるなら永遠にだって生きたい。

 

 手塚治虫の『火の鳥』じゃないけど、永い目で世の中が、果ては地球がどう変化して行くのかさえを見てみたい。たとえ人類が滅んでも、そのあとに何が起きてどんなことが起きるのかさえ興味がある。

 

 だが、残念ながらそんなことはありえはしない。

 

 凡ての宗教の元は、誰かの強い妄想の始まりにから過ぎないだろう。心をいくら問うてみてもそこに何の解決もない。解決があるとすれば他を顧みない一途な思いが突出した結果だろう。

 

 知ることを知った人間にはそれが原罪なだけだ。

 

 他の動物のように生きることを知るだけでよかったのに、知ることを知った人間は罪深いものになってしまったのだろう。

 

 おいらは死ぬときは、今そこにあったものが消えうせたようにこの世から消滅したい。だから、分からないけど、おいらの遺骨はいらない。 

 

 いや、遺したくない!

 

 って、そんな我がままどうする?

 

 大丈夫だから・・・

 

 死んだら誰かが勝手作業で処分してくれるシステムがちゃんとこの世にあるから安心してなさいって、そんなことは分かっているけど、分かってはいるのだけどさ、たまにはさ、ブログでなら中二病みたいな青臭い思いを吐露したっていいだろう。

 

 

 もはやこれはなんか激しく支離滅裂だね(´▽`)

 

 まだ考えも整理できていないけど、まあいいや、これはメモとして残しておこう・・・公開するようなレベル内容じゃないけど、PCの中に保存したら絶対に見ないだろうからWebに保存しておこう。そしていつの日か、このメモ開いて見るときのために残しておこう。

  

 

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