チコちゃんに叱られないブログ

人生は旅なのです😋

生意気なことを書いてしまいました・・・ごめんなさい。

う~ん、ここのところブログりたいこともなくなってしまい、年がら年中の暇人なもへじは、大型連休もそれなんじゃ、おいらは1年365日毎年超大型連休だぜいってなもんで、鼻高々の超優越感にのんびり浸っておる最中でした。

 

ここ2ヶ月はブログ更新が面白くて楽しんでいましたが、それも若干飽きてきたのでブログるのは元に戻って旅行などのイベントだけにして、今度は他のことをして遊ぼうと思っていた矢先でした。でも、暇なんでついつい Hatena Blog で購読しているブログの更新状況を確認してしまいました。

 

したら、設楽さん*1、事件はここで起きました。

 

nkobi1121.hatenablog.com

 

猫pさん*2のブログです。

 

実に、男でもなく女でもなく人としてのことを、人としての在り様で人種に対する偏見に対して偏見少なく捉えてあります。

 

おそらくこの記事に接した方の多くは、口にこそ出さないし、こんな風な的確に文章も書けないからもへじも書かないけど、心の中ではそう思っているのじゃないかと思います。素直にものを見られるなら人種に限らずそう思うはず。

 

どこかの国に旅行に行った時のフライトで---あっと、旅行は旅費の安い中国か東南アジアなどでしたからその辺のどこかです---飛行場に着いて飛行機から降りるときに通路を歩いていて、中国人団体らしきが座って居たと思われる座席回りに少し異常なほどゴミが散らかっていました。新聞や食品の食い散らかしゴミなどでいっぱいだった。

 

後にも先にも機内であれほどの散らかりように接していません。って、しばらく外国旅行にも出ていないからそりゃ当然かw

 

その時はやっぱり中国人はマナーがなっていないなあって思いました。けど、後でよく考えてみると、日本の列車も昔はこれと同じだったです。

 

見つけましたよ、そんなブログ記事。

tadanorih.hatenablog.com

 

あの時のフライトの座席回りも全くこの状態と同じ、いや、まだこの列車よりは、あのフライトの座席回りの方が遥かにきれいな感じです。

 

もへじも幼少のころに連れられて乗った列車が、終着駅に近づくにつれて汚くなっていったのはなんとなく覚えています。これはこういう時代でこれが普通の道徳であって、ごみを捨ててはいけないなんてルールさえなかった。*3

 

電車などの一般車両でタバコを吸うのだって2-30年前までまあまあ見かけた。タバコがいけなかったのは映画館の中だけで、それでも吸っているのもいた。ちなみにもへじは1日60本以上吸うチェーンスモーカだったので、もうこれで十分とタバコは止めました。チェーンスモークの影響は脳萎縮があるとのことでした。だれだ!もへじは脳萎縮じゃなくて、もともとそこまでしか能の容積がなかったなんて…褒める奴はぁ (´▽`;)

 

そのころは、背に籠を背負って捨てた鼻紙をゴミトング(火ばさみ)で拾い集める人や、おわい*4そんなんで畑には、古新聞の切れ端がところどこで花を咲かせていた。))も集めに来る人さえいたことを覚えている。あれは農家だったのか、それともその代理人的な業者だったのだろうか。

 

駅に見るだけでおぞましげな痰ツボ*5だって置いてあるところもあった。もへじはそういったものが極端に嫌いなので、その痰ツボを見ないようにして通り抜けたものです。

 

自分の人生で道路に一度も痰を吐いたことはないです。

 

いまでも道路の痰を見るとまことにおぞましいです。道路に吐かれた痰が風化し、風に乗って漂い自分の体の中に取り込まれてくるのかと思うと、それだけで道路に痰をを吐く奴には糞乞食野郎*6って、心の中で怒鳴りつけています。

 

とまあ、段々話がわけ分からんところに行っちゃうのがいつものもへじなんですが、ぼつぼつ本題に入ります。

 

『外国人に対する私の考え』は、自分ではこんな風に文章をまとめられないけど、これは私の考えと同じです。

 

外国人に限らず、誰であろうと人を見ずに一括で括ることほど愚かなことはない。

 

かといって一人一人を理解することなんて出来っこない。

 

夫婦、親子、恋人であろうとね。

 

個であってもその時その時で揺れ動いている。

 

ただ一人でさえもそうなのに、大きく全体でどれほどの判断できるのだろうか。

 

動物愛護の話でも右手のホークに肉を刺し、左手でペットの頭を撫でる口から出てどこに真実味があるのか。嘘っぽいだけだろうに。そういうのに限って他を非難し自分のやっていることは良いと暗に小汚いマウンティングを噛ませている。

 

動物愛護の動物を取捨選択しての動物愛護をいうことに矛盾がないなら、他の命を消費して生きていることを知っている人として生まれて、今を生きていることさえを恥じることもなくスルー出来るから良いよな。

 

そんなこと言ったら何も言えないよなんてことにもなっちゃうけど、何も言えなくなって当然位大きなことなんだ。簡単に白黒つけられるって脊髄反応はそれだけで幸せ者とも言っていいのだろう。

 

 

浅田美代子の気持ちは分かるけど…だけどそれも違うんだって言いたいけど、もへじでは言葉にすることが出来ないのがもどかしい。

 

猫pさんのようなニュートラルな気持ちでものを見る心を養って欲しい。偏見や色眼鏡の、既に濁った眼で見て言葉を紡ぐのは、自分を否定し、果ては自分をも侮辱しているのと同じだってことを分かって欲しいと思う。

 

生意気なことを書いてしまいました。

もへじは結論の出ないことを、言葉を変えながらお互いに論議するつもりはありません。ってか、こういう議論が出来るほど高度な能力は有していません。どんなことでも色々な考えがあるだろうけど、自分にとって都合の良い考え方じゃなくて、それぞれが持ち帰って多次元思考で自分に問うてみれば良いのじゃないでしょうか。

ごめんなさい。


 

追記:1

外国人というより人種による能力の差なんてレイコンマ一ミリ(0.1mm)ほどの差もありやしません。その差があると思っているのは、そういったことを判別する能力に紗がかかっている。紗を言いかえれば色のついたオブラート(社会的要因)で包まれているってことでしょう。

 

どこの人種であろうが、どこの世界であろうが、人種による能力差なんて全くないのです。ただ残念なことに人は環境依存動物です。育った環境により良くも悪くも様々なオブラートに包まれてしまいます。それも幾層にもです。

 

包まれたオブラートで環境環境により自分と同じではないと排斥する目印にもなりますが、排斥するのはそのオブラートのみであって人種で排斥するなどはあってはならないことです。排斥する者排斥されているのです。啓蒙こそが人類の道です。

 

誰であれいくつものオブラートで包まれて出来上がっているものである。光の当て方しだいでオブラートによって相容れない部分も生じるが、人の本質は善であると信じたい。そうであるから…世界は成り立っているんだろう?

 


 

追記:2

 retireSaki (id:retireSaki) さんコメントさん、コメントありがとうございます。「オブラートに包む」のはいい表現方法ですね。オブラートそのものの意味で早速使わせていただきました。良いお知恵をありがとうございます (´▽`)


 

追記:3

昔はドラマで男が長く待っていることを示すのに、道端に散乱する吸い殻で表現したりしてましたね。バラエティでのゲイいじりも露骨だった。今の時代が1番洗練して見えても数十年後はまた違うんだろうなぁ。言及感謝2019/05/03Add Star

どうもです。今回も素敵な記事をありがとうございました。我が意を得たり的で勝手に拙ブログで引用させていただきました。ところで猫pさんの評価を注釈で入れておきましたけど、これで絶対合っているでしょう? (´▽`;;;)


 

*1:「姉さん事件です」から姉さんじゃなく設楽さんに変えましたら、したらこの浮気者って怒られませんでした。

*2:猫pさんはたまに経歴詐称風を装って実際に経歴詐称をしているとかしないとかの怪しげな人物風を装っていたりとか、エイプリルフールで悪戯ブログ等もご愛敬でお茶目なんでしょうかと思いきやまるっきりネタなのでしょう。同居人(猫世話係伴侶)を募集しているかのような言動も、実際は同居する勇気はなさそうで、それってネタ作りかもしれないので騙されて釣り上げられないようにご注意です。(爆)

*3:その後は、弁当などのゴミは座席の下に置いてくださいがしばらく続いていた。社内アナウンスでもそう説明していたと思う。

*4:おわい=汚わい=糞尿を肥料にするために集めに来ていた。((これ地方の田舎じゃなくて東京の板橋での話。昔だけど…。

*5:円筒形のホーロー製で痰を吐く部分は円錐になっていて中央に穴が開いている。

*6:乞食をやっていらした方がいたらごめんよ。サノバビッチやファッキューなどと同じ罵り言葉で単なる定例句です。