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第1話・ジョバンニ号|Hatena Blogger 銀河鉄道の夜


第1話・ジョバンニ号

機関手、行入(ゆきいり)の朝は早く規則正しい。

 

07:30 出勤点呼を受ける。

 

出勤点呼を受けるといっても、すべて腕時計型に組み込まれたIDをかざすだけだ。機関室での機関車のコントロールの主要な操作も、全て腕時計型IDにより可能だ。今どきは肉体労働的な運転などすることはない。

 

それなのに機関室の仰々しい計器類及び器具はなんだといえば、もちろんこれらの機械で手動操作できるのだが、今の時代は誰もそんな機械や計器類などに頼る操舵をすることはしない。これらは機関室への見学に訪れる旅客の目を楽しませるためにあるのだ。

 

普段は寡黙で表情一つ変えることもない行入機関手でも、この機関室で時にはにっこり微笑んで、旅客との写真撮影にも応じるサービスもするのだ。心では苦々しく思っていても、これは上からのきつい下達(かたつ)なのだ。

 

銀河鉄道を動かすにあたって、さぞや多くの人員が機関コントロール室で働いていると思われているが、実のところ数名の整備員が乗務するだけで、その常務もそれなりの資格を有しているが、運行記録を付ける事務方のような仕事に従事するだけだ。

 

この銀河鉄道は地上はもとより、あらゆる空間や時代を旅することも出来る。さらには宇宙空間や異空間さえも走ることが出来る。いかようなところも走ることが可能な鉄路なのだ。

 

だがその銀河鉄道は、地上に作られた鉄路のように目には見えるものではない。

 

考えてもみたまえ、空を飛べる飛行機でさえどこでも飛べるというわけではない。ちゃんと気象条件も加味し、計算しつくされた航路を守って空を飛んでいるのだ。

 

海原を行く海路であっても同じことだ。広い海原のどこを走っても良いはずではあるが、そんなものではなくて太古の昔から回路図なるものが自然発生的に生まれ、人々はその回路図に従って航海してきたのだ。

 

空路も海路も目には見えないが、一応そこにはちゃんとした路(みち)があるのだ。路があるからこそ広い海や空でニアミスや実際に接触事故なんてものが起きるのは、路から離れられないゆえのことなのだ。

 

同様のことがこの銀河鉄道にもいえる。

 

当然地上にあるどんな鉄路にも対応していて地上軌道を走ることも出来るが、銀河鉄道というからには理論上は宇宙の果てまで走っていけることが可能なのだ。異次元空間さえも走れる銀河鉄道である。

 

ただし銀河鉄道とは名ばかりで宇宙に鉄道線路も、異次元空間にも鉄道線路などは引くことが出来るわけはないから、実際にはそんな鉄道はないも同然だ。

 

だが宇宙に行くにも星と星の接近や重力作用の反発などを利用して進むには、目には見えなくても海路や空路と同じく、宇宙路というちゃんとした宇宙軌道があるのだ。星と星の引力の作用と反作用で弾力を点けて宇宙軌道を進んで行くのだ。

 

まして異次元空間さえ行くためには膨大な理論値を計算した結果の移動手段であって、そうたやすく異空間には旅立てるものではないが、一度異空間に入ってしまえば時間という概念がなくなり、過去も未来も同一に異空間線上で一直線に並んでいる感じになる。いや一直線と言うと語弊があるが同心円状に並んでいると言えるだろうか。

 

異空間で動けば動きに合わせて過去と未来とが同心円状に現れ、過去と未来は隣通しでもあるのだ。故に歳を重ねることなくビッグバンの1秒後にも銀河宇宙の熱エントロピーの1秒前にもたゆたゆと存在することが出来き神の目を持つことさえ可能なのだ。

 

異空間の中では、時の始まりもなく終わりもない世界である。

 

幾つもの星々どころか、幾つもの銀河が生まれ、幾つもの銀河が消えて行く世界を見ることさえ可能なのだ。地球を含む銀河系も、外宇宙の広大な空間に漂う一つの偏狭な世界に過ぎないのだ。

 

この銀河鉄道を走る列車はジョバンニ号と呼ばれる。

 

日本の詩人的童話作家宮沢賢治銀河鉄道の夜に出てくる主人公、ジョバンニから付けられた名前だ。

 

ジョバンニ号の旅立ちは明日の朝を予定している。

 

07:40 ジョバンニ号運行準備。

 

11:50 昼食。

 

12:55 運行テスト準備。運行テストは東京駅最深部地下に作られた地下鉄を使う。

 

地下鉄といっても最深部地下にあるのは、ホームとホームの左右にそれぞれ5kmばかりの鉄路があるのみである。

 

合わせて総延長10km程度の鉄路である。

 

どこにも出口のない鉄路である。

 

これが銀河鉄道なのだ。

 

鉄路の先は何百メートルもの分厚い強化コンクリートで覆われ、いかなる侵入も脱出も不可能である。

 

ただし改札を通れば出入りは自由である。

 

改札は東京駅にあるが一般に知られることはほぼない。乗車券を手にした者だけに乗車当日改札口へ案内される。

 

しかしこの改札口を知る市民は未だかつて、誰一人としていない。

 

そのわけは、不帰(かえらず)銀河鉄道だからだ。

 

なぜ不帰なのか、その理由さえも知られてはいない。ただ、

 

人々はみないつか噂に聞く銀河鉄道に乗車できることを夢見ているのは確かだ。夢見る多くの者の望みは、未来永劫過去においてまで叶えられることはないだろう。

 

13:52 ジョバンニ号発車のベルが鳴る。『テスト走行です』というアナウンスが流れ周りにいる係員の緊張が高まる。行入は左腕にした腕時計を見ながら合図を待っている。

 

14:00『ジョバンニ号発車30秒前』行入が30秒前にセットしてあるタイマーを押す。カウントダウンが始まる。29,28,27…

 

残りカウント数が少なくなるに連れてジョバンニ号が鉄路よりゆらりと揺れて浮き上がる。超低温電磁誘導リニアを取り入れているものと思われる。ゆっくりとホームから西方向へ後退して行く。

 

14:01『ジョバンニ号発車!』のアナウンスと共に、ジョバンニ号の機関車的精彩が薄まりながらきらきらと光を発しだす。タキオンが光速を越える次の瞬間、ジョバンニ号がふぁっと消えたように移動したかだが、数秒後には元に位置でジョバンニ号に精彩が戻り機関車としての呈をなした。 

 

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MSワードのクリップアート画像を使用しました。

 

14:02『ジョバンニ号発車テスト終了。テストは正常に完了しました。これによりジョバンニ号の総てのテストは完了しました。明日の発車は午前7時定刻となります』

 

14:10『本日の勤務終了です。明日の出発に備えそれまで各自ご静養ください』との、アナウンスを聴き、行入は帰り支度を始めた。

 

帰り支度を始めた行入の元へ、ジョバンニ号の車掌を受け持つ桔梗が顔を出す。「お邪魔してよろしいかしら、桔梗(ききょう)です」

 

「あんたが車掌の桔梗さんか、一つよろしく頼む」行入がそう言って右手を差し出すと、桔梗はその手を握ろうともせずに「わあ、この時計がジョバンニ号を動かせるIDなのですね」と言って、両手で行入の手と手首を優しく握り時計型IDをしげしげと見つめていた。

 

「面白い女(ひと)だな桔梗さんは、それで握手は、してくれるのかね?」

 

「あら、すみません、桔梗です。こちらこそよろしくお願いいたします」「私、機関手になりたかったのですが、どうしても実地訓練で及第点が取れなくて、それで車掌の道に進んだのです。機関手としての超エリートの噂さも名高い行入さんの下で働けるなんて光栄ですわ」

 

「ほお、あんたが、あの噂に聞こえし機関手万年落第の桔・・・いやこれは失礼。熱意のほどは窺っているよ」

 

「まあ、行入機関手ったら、事実ですから構いませんけどっ!」

 

「いやあ、本当にすまん、悪気はないんだ。こんなきれいな娘(こ)で、しかも宇宙工学に熱心な娘が俺の部下になるなんて光栄だよ。しかし、このジョバンニ号にかけるそこまでの熱意はなんだね」

 

「ええ、でも、そのことは今は言いたくないの」

 

「そうだな、個人のプライベートは関係ないな。適性検査が通っていれば何の問題もないことだ」

 

「おかげさまで、車掌としては主席で卒業できましたわ」

 

「ほお、首席でとな。それは凄い!」「それじゃあ、今回の過客全員のことはすでに承知しておるな」

 

「はい、総て。趣味趣向癖までおよそのことは存じ上げております」

 

「適切なプラットホームや異空間、あるいは異星での下車など臨機応変に対応よろしく頼むよ」

 

「行入機関手、お任せくださいませ」

 

「そうだ、わしの遠い親戚で竜二(りゅうじ)というのが乗車するはずだ。竜二だけにはどんなことがあっても特別扱いをするでないぞ。わしの遠い親戚という事も竜二は知らない。これはお前と俺との秘密協定だ。これも上からの下達なのだ、いいな、よろしく頼む」

 

「竜二様ですね。承知しました」

 

「あいつに様などいらぬ、竜二でよい」

 

「でも、一応過客様ですので、せめて『さん』づけさせていただきます」

 

「ふん、勝手にしろ。明日は早い、さあもう行け」

 

「それでは行入機関手よろしくお願いいたします。失礼します」

 

行入はエスカレーターに乗って去って行く桔梗を見ていた。「まさか桔梗がジョバンニ号の車掌とはな、これも運命の糸の絡み合いなのかもしれん。乗り掛かった舟、いや銀河鉄道ジョバンニ号だ、行く末を見守るしかないだろう」

 

「出発したら、竜二だねけは再びこのホームに戻ってくることもないだろう。異次元世界で何かを求め彷徨う異邦人となるのだ」行入の顔が一段と厳しくなった。

 

◇◇◇◇◇ 

 

第2話・旅立ちの朝に続きます。

 

第2話で旅立ちとしてエピソードを入れつつなんとかしたいなあと思っていますが、どうにもその気にならないのです。初回設定がよくなかったかなとも思いますけど、植物の植え替えと、さらには夜中の徘徊癖と…むにゃむにゃもにゃもにゃなのです。

 


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