濃厚接触者 - チコちゃんに叱られないブログ

濃厚接触

2020年3月22日

「ふん、しかし濃厚接触なんて言葉を初めて聞いたときには、これって風俗関係のことかと思ったよ」と客の一人のD氏が言った。

続けてD氏が「そりゃあ風俗って行ったことはないけど、濃厚接触しまくっているんだから、新型コロナウィルスだって感染するのは当然だろうよ」

それを受けてもう一人の客B氏が「本当に、卑猥な響きを持った四字熟語だな」

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「うちのような店は、お客様との距離が手を伸ばしたら届きそうな距離だから、完全に濃厚接触になってしまうのよ。でも、誰も新型コロナウィルスに罹っている人はいないわ」と五十代に入ったかなという感じのママと思しき女が言った。

「今の規定で濃厚接触と言えば飲食店などは、どうしても客が一定時間居座ることになるから総ての濃厚接触になるわな」と、少しぶっきらぼうにF氏が言う。

「スーパーやコンビニなどの物品販売も、客とレジ係の距離が近いから濃厚接触みたいな感じになるけど、濃厚接触自体は距離と時間の長さで決まるらしいよ」と客のG氏が蘊蓄を言いだした。

G氏はどうやらスマホで労働厚生省のサイトにアクセスして、そこから情報を仕入れながら話している。

G氏の隣のM氏は見るともなしにG氏のスマホをちらちら覗き見している。

スマホをから目を離さないでG氏はさらに付け加える。「んとな、病理関係者は取り敢えず置いといてだね、体面でっ手を伸ばしたら届く範囲の状態で一定時間以上続くって、こりゃあママの店はや立派に該当するするよ」

ママが立派という言葉を面白がって「立派になのね、うふふ…」と笑みを漏らす。

「Gさんたら店に来てもお酒もろくに飲まないしカラオケも歌わないで、スマホばかり弄っているわよね。『店が立派に該当するするよ』って人聞きの悪いけどどうなの？少しは仮想通貨で儲かっているの…ねえFさんそう思わない」ママがやんわりと話をF氏に逃がしながら呟く。

「どうなんだい、Gさんよ」F氏が、相変わらずのぶっきらぼうさでG氏に声をかける。

「仮想通貨あ、あんなのはもう塩漬けにしているよ。ちょっと戻り出して100万を超えたと思ったら、こんどはコロナウィルス騒ぎでもまた50万円台に戻っちゃったんだぜ、もう見限っているよ」

「あらあら、しょうがないわねえ。でもこうやって飲みに来るお金はあるんだから、それはそれなりに何かで稼いでいらっしゃるんでしょう」とママが。

「よせやい、もう年金だけが頼りなんだ。それも雀の涙の国民年金だけだぜ。いや、それでも少し会社勤めもしてたから、厚生年金が数万含まれるけどね」とG氏が呟くが、スマホからは目を離さない。

それでもG氏はときどきスマホから目を離して、客の一人一人の顔色を窺うように見回しながらママに視線を戻し、またスマホを弄り出す。

おもむろにD氏が「やっぱり安心なのは投機じゃなくて投資で株だよ。大きく稼がなくたって100万で年5万円の利益でも銀行に会づけるよりはいいよ。リーマンショックの時だって、そんなに大金じゃないけどぼくは利益を出したよ」

そんなことをD氏がぼそっと誰ともなしに話すと、ママは相槌を打っているけど店の中は一瞬白け気味になる。

誰だって他人が儲けているなんて話を聞いて喜ぶなんてやつはいやしない。人は自分にとって縁遠い話には乗り気でないものなのだ。

B氏が、「じゃあカラオケでも唄おうかな」とデンモクをとって、選曲をしな曲をリクエストした。

流れてきたカラオケはロンリーチャップリンだった。

この曲は鈴木聖美と鈴木雅之のデュエット曲である。

D氏はママと一緒に時々この歌を歌っている。D氏が店にいるときは同じもの常連客は誰もロンリーチャップリンは歌わない。この歌はD氏とママのデュエット曲で定番となっているからだ。

D氏がいないときは、M氏も時々ママとこのロンリーチャップリンを歌うことがある。

ロンリーチャップリンはラッツ&スターの鈴木雅之が作曲であり、姉とのデュエットで知られ、宝石店CMで使われたりして人気が出たデュエット曲となってカラオケ店でも定番の歌である。

ママがカウンターから出てきて既にステージに立っているD氏の側に小走りを演出気味に見せ近づいて行った。ステージはフロアーより15cmほど高くなっている。

ステージの前には小モニタがある。

ステージの両サイドには大きなモニターが二枚。

ロンリーチャップリンの曲が流れる。

二人が慣れた感じに歌っている。

♪遠くを見る目に風がうつる

誰ともなしに「ヒュー、風’（風邪）かい。コロナじゃないのかあ」なんて掛け声が口笛とともに飛ぶ。

♪いつかそんなことがあったねえ

「おいおい、おれに隠れて、二人でなにがあったんだよ、怪しいぜ」B氏が茶化す。

♪窓辺に持たれたあなたの顔

♪私だけに見せる哀愁

「こらこら、そこ、濃厚接触しちゃあだめだよ」とのB氏のさらなる茶化しに、くすぐり笑いも起きる。

♪Oh, Do what you wanna do agein.

♪Oh, Do what you wanna do agein.

（ロンリーチャップリン歌：鈴木聖美・鈴木雅之）

「もう、濃厚接触じゃありません。いやらしい、知らないから」とママが言い、やがて曲は2メロに入っていく…

「今宵はいつも増して息が合っていたねえ」とB氏がD氏に声を投げる。「しかし、ありゃあ、間違いなく濃厚接触だ、イエローカードだぜ」とB氏は続けた。

「Bちゃん、このお店のどこが濃厚接触なんですうっ」ママが怒ったふりをしながら、B氏に向かって甘えるようなカマトト振り仕草で目を大きくして言う。

五十代に入ったばかりと思われる店のママが、憤っている感じだけどそこは客との会話を楽しむテクニックを織り交ぜて穏やかに話す。

「こんな雑談をしてお酒を飲み、一緒にデュエットを歌うことが濃厚接触に当たるなら、ラッシュ時の電車の中はどうなるのよ。人と人がオシクラマンジュウ状態で、衣服とは言え密着状態じゃないの。それから比べたらうちの店なんか『淡白接触』できれいなものよ、ねMさん」

「そうだな、濃密接触じゃない…それに電車の中は『過密接触』状態だね」とM氏が賛同するかのように言った。

「でしょう。ほらごらんなさいBちゃん。Mちゃんだってそう言っているわよ」

「いんにゃ、Dの野郎はママの腰に手を回していたから濃厚接触じゃなくて、ありゃあ『濃密接触』に…外ならねえなあ」とM氏がぼそりと言った。

夜であるにもかかわらずサングラスをかけ、髪の毛を茶髪にした男M氏がしてやったり風にさらにさらに「あれは濃厚接触ならぬ『濃密接触』だよ」と付け足す。

「濃密接触…いいねえ」とG氏が追従する。

一同が「濃密接触してみた～い」と上げた声が一致し見事にハモった。

それから、皆で一斉に笑い声が発せられた。

それぞれに妻もいるし中には子供もいる客だったりするが、濃密接触などとは、それぞれの子供の長男長女が中学生に入る前後に、いつしか妻との没交渉となってしまい淡白接触も同然となってしまっているのだ。

♪遠くを見る目に風がうつる

♪いつかそんなことがあったねえ

　　　：

♪窓辺に持たれたあなたの顔

♪私だけに見せる哀愁

　　　：

♪Oh, Do what you wanna do agein.

♪Oh, Do what you wanna do agein.

（ロンリーチャップリン歌：鈴木聖美・鈴木雅之）