短時間の即応性
2020年月日
あなたと呼べばあなたと答える、はい、獰猛です。
中高年の星☆爺婆の太陽 の静吉プレゼンツでございます😍
序
最近はブログよりもなんだか Twitter の方が面白い。
ブログで長い記事をだらだら書くのも嫌いではないんだけど、元々頭の中が文系でも理系でもないし、文章を書くのに理路整然としたところが全くない。思いつきで書いてくだけだから読み手の方は内容理解しようとすると苦労するだろう。
文章というものは人に駅までの道を聞かれて的確な道か案内ができるような、そんな脳構造と表現力を持った人の方が、伝えたいことをちゃんと伝えることはできる。
だけどブログとなると思ってることをまとめて記事にしようとすると、僕みたいな思考形態の人間は話が消えたりこっち行ったりして、しかも話があちらこちらと膨らんでいってしまいまとまりがなくなってしまう。
そんなことはわかっている。
文章を見ればおかしな文章だなぁと思う人も多いのだろう。
だがそこは自分で見ても分かり得ない。
この世に鏡がないという世界があるとしたら自分の顔がどんな顔してるとか認識できることができないのと同じで、自分の文章を客観的に見る能力(鏡)も備わっていないのだ。
その程度の文章力でも何らかの情報を発信したいという思いだけは人の何倍も持っている。これってただのおさがわせ屋かもしれない。が本質的には他者に対して何らかの思いや感情やその他諸々のことを代替品のを持っているのだと思うのだ。
その本能故に文才もないのに、自分のブログに文章を書けると言う時代が来たのはとても良いことだろうと思う。
インターネットあるからこそ一個人が大手マスコミと同様に世界に向けて情報発信ができるようになったのだ。まあ、基本はそうであるが実際には一個人が大手マスコミと同列にあるというわけではない。
1個人もある程度の発言力がなければ大手マスコミと同列になることはまずありえないだろう。発言力を持ったとしても大手マスコミの圧倒的なパワーの前にはなかなかのものではない。
だが、負け犬の遠吠えのごとくにブログに記事を書いてワンワンと吠えることはできる。ただそんな市井のどこの誰それとも分からない馬の骨のような記事などは誰も見ないだけだ。
そんなことも分かっている。
しかしながら人としての本能的ボディランゲージのような情報発信は病的に纏いついて、日陰に落ちた種が発芽し太陽を求めて徒長するかのようにインターネットでの情報発信に命を費やす。命を費やすといっても人間や義憤に燃えての衝動ではなく、内なる自分の何かわからないものに突き動かされる衝動なのだ。
破
ブログに記事を書いてその反応を楽しむ。
Twitter にツイートしてその反応を楽しむ。
なんだかんだと言ってもスタンドアローンであったとしても、インターネットの中での他とのふれあいを求めて情報発信をしていることに他ならないのだ。
そうなんだろうなぁ、人は一人で孤高として生きてる風を装っても実際は他者に対して何かを求めているのだと思う。
他者に対して何を求めているのか。
それはどこにも無いものを求めているのだ。
求められた他者とてそれは同じことだ。
それぞれが Stand Alone の立場に立ちながら、他者に対して何らかのアクションを求めている。
求めるばかりで与えることは少ない。
いくら食べてもお腹が膨らむことがないまるで餓鬼のようなものである。
それならばブログに没頭する時間よりも、即時性反応の良い Twitter に向かうのも無理からぬところもある。
だがツイッターは Twitter とで即時性反応があったとしてもそのほとんどは一過性のものなので、ツイートした相手は誰であろうがそんなに関係はないし反応してくれた方が誰であろうともそれもそんなに関係ないのだ。
インターネットという蜜の中にありながら、なんだかお互い希薄な世界に住んでいる住民のようである。
その希薄なインターネットの世界の方のの重きを置く人がどんど増えている。家族があるなしにかかわらず、人はそれぞれ個に向かって深く潜っていってしまうのだ。こんな状態だから文明が進めば進むほど家族制度は崩壊していくのは仕方ないことなのだろう。
いわばこれも人間の持つ進化の一つの方向性なのであろうと思う。
急
動画も YouTube よりも最近は TikTok というごくショートバージョンの動画がとても流行ってるみたいだ。
YouTube にも短い動画丸けれど平均して長めの動画が多いのは YouTube で収益化を図っている人も多いからだ。 YouTube 動画が短いばあいは YouTube 側でコマーシャルが入れづらくなるから収益性に影響が出る可能性もあるのだろう。
少し長い動画などがどうしても早送りで見てしまったりする。こちらとしてはあまり長い動画をちんたらと付き合って見てる暇はない。
そんなことでブログでは長すぎるので Twitter。
動画は YouTube よりショートバージョンの TikTok が受け入れられる感じになっているのだろうか。
最近、自分の動画は1分程度のものに抑えているのは、これは Twitter の埋め込み動画が最長1分までと決まっているからそれに合わせているのです。
Twitter では文字は140文字までですが、スレッドを続ける形式にしていけば長文も投稿することはできます。だが長文を投稿してもそれを根気よく読んでくれる人は少ないと思います。
だから Twitter の140文字制限というのはちょうど良いのかもしれません。そうすると動画の TikTok も 60秒という短い動画サイズが、次から次へと見ていく上で飽きっぽい人間性にマまっちしているのかもしれない。
つまるところブログ記事を60秒の動画でするようなそんな凝縮した記事がつければ良いのだが、ブログというだけでどうしても冗長な部分も出てしまう。
それゆえに Twitter の140文字という文字制限の中で色々な文章を書いて、少し文章能力を磨いてみようと思うけれど、もはや磨きをもなくさびかかってしまっている灰色の脳みそは如何ともしがたいかもしれない。
良いのか悪いのか拾った動画や画像といえばファジーに聞こえるけど、他人の動画や画像をパクって Twitter にツイートしてるのって、虎のふんどしを借りて履いてるのと同じだってことわかってるのかな🤣
こちらは2020年11月14日
はてなブログからのアクセスが6%に下がりました。
はてなブログ関連からのアクセスが減っても、PVは少し減少したていどで留まっています。はてなブログ関連からのアクセスが減ってもなんとか頑張れている感じです。
はてなブログ関連の記事を書くとはてなからのアクセス数が多くなるのですが、はてな関連のことを書くのは内輪ネタに過ぎないので、早く言えばはてなブログに関しての記事は楽屋落ちと言ってネタとしては普遍的じゃなのです。
それでもはてなブログの利用者が多いので、はてなブログの内輪ネタでもアクセス数が伸びても社会認識性は低いと思います。
この記事は 中高年の星☆爺婆の太陽 静吉がお届けしました😎
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