パチパチと薪が割れる音がして、炎が一瞬大きくなる。
少年は集めて来た薪を数本くべる。
炎は一瞬弱くなり、すぐさま新しい仲間を巻き込んで、より強く燃え上がる。ジジと肉の焦げる良い匂いがしてきた。
焚火の左右にやぐらを組んで皮を剥いた兎らしき肉が一本の棒に刺さって乗せられ、炎の中であぶられていた。
まだ大人びてない両手が伸び、小型の兎らしき肉が焼けた頃合いを見計らって、左右の串を握って口に持って行く。
「あち!」
両手で串を掴んで、焼けた肉を口に持って行ったとたん「あち」と言いながらも、むさぼるように食べ始めた。
足の肉はグルグル回し胴体から引きちぎって齧り付く。肉のうま味がじわっと口の中に広がる。
「これで塩でもありゃあ最高なんだがな…」と言っても、塩なんてないものはない。食べられるものがあるだけまだましだ。
野生動物を追って汗をかいたときは自分の体から出る汗や、汗が乾いた後の汗の結晶を集めて舐めた。体が塩分を欲しがるのだ。
今夜はここで野宿するつもりだ。
野宿する間の火は絶やすことはない。
薪が少なくなるころには自然と目が覚め薪を追加する。
そんな行動が数日で身についてしまった。
夜間に火が消えたら、そのことを考えると身震いさえする。恐ろしくて泣きたい思いさえ、これまでにしてきた。
いや、外見を見ればわずか10歳の少年が、こんな荒野で一人野営していることがそもそも不自然だ。
こんな年端も行かない子供が、火のないところで火を起こし、小型とはいえ野生の兎を掴まえて皮を剥き焼いて食べている。
そんなことは普通ではありえない。
不思議なことにこの地に生える実や果物、それに魚や動物を食べることで何か知らない力がみなぎるのである。
昨日は川で追いかけ回してやっと掴まえたニジマスのような魚を、皮を剥いて生で食べた。そうしたところ泳げなかった少年は泳げる気がして川に入ってみたら、すいすいと泳げるようになっていた。
すいすいと泳げるようになればニジマスも幾らでも捕まえられて、食料には困らなくなってきた。
川辺にはブルーベリーや木イチゴなども成っていた。
それらを食べたときも植物が持つオーキシンエネルギーを感じることが出来た。異世界で言うスキルというやつなのだろう。
そして、草の中を歩くときには草が道を開けてくれるかのようであった。また見たこともない果物を目の前に差し出すようにぶら下げてくれる植物もあった。身も心も自然と一体化した気持ちになる。
これならば、この世界でも生きていける。
少年はそう思った。
しかしながら夜になると言葉をしゃべる狼族や、イボイノシシに似た立って歩く化け物、隠れて近寄りいつの間にか血を吸っているモフモフなどの化け物というのか、見たこともない生物が現れ、少年を獲物として追い掛け回すのだ。
最初の内は必至でこれらからただ逃げていただけだが、段々に戦い方を覚えた。
それに言葉が通じる生き物もいて理性ある化け物も少なくはなかったが、肉食系の化け物だけは言葉が喋れても食らいつこうと襲って来るのだった。
そんな夜に暗躍する化け物生物との攻防を僅か10歳の少年が戦ってきたのだ。10歳の少年のどこにそんな力と知恵があったのだろうか。特殊能力でもあったのだろうか。
焚火の側で、少年はうとうとまどろんでいた。時折炎がゆらりと燃え上がる。まだ薪は十分にあると意識の中で少年は理解していた。
◇◇◇◇◇
「お姉さんがいないや!」
少年はブランコとその周りを見回していた。
「明日って約束してたのに」そう思って少年は築山の方に行ってみた。ひょっとしたら土管の中にいるかもしれないと思った。
築山の土管をのぞき込むと誰もいない。
土管の中には誰もいないけど少年は土管の中に背をうんと曲げて入って行った。昨日急な夕立から土管に逃れて、お姉さんと二人で座っていたところへ行った。
昨日のことだけどそれは昨日じゃない。
とても懐かしい。
それは20年前のことなのだ。
お姉さん泣いていたっけ。
ぼくがハンカチを貸してあげて、それを洗ってから明日返してくれるって約束してくれたんだ。その日が今日なんだ。
少年は甘く切ない思いを抱きながら20年ぶりの土管の中に入って行った。
「あれ、これはぼくのハンカチだ。きれいに洗ってアイロンもかけてある。お姉さんは来ていたんだ。でも何処に?」
その時夕立の前の稲光が激しく轟き、ピカッと光った瞬間、そのあと土管の中は漆黒の闇となってしまった。
強い光に目が晒されて一瞬盲目状態になる感じである。ところがその暗闇は永遠と思えるほど長く続いた。
少年は闇の中でいつしか眠ってしまっていた。
少年が目覚めたところは洞窟のようなところであった。
手に持っていた自分のハンカチを左後ろのお尻のポケットに入れて、少年は恐る恐る日の射す方へ向かって歩いて行った。
洞窟から出た少年の目には荒野と、遠くに林や森、さらに遠くには小高い丘や山も見えた。だけど文明らしき建物などはどこにも見えなかった。
時折、聴いたことのない異音がする。
動物なのか、何か生き物かなにかが、鳴いているようだった。
どこへ行って良いかもわからず、何をしてよいのかも少年には分からなかった。
なぜか分からないが、自分は知らない世界へと放り出されたことは間違いない。
これが物語に聞く異世界と言うやつなのだろうか。
自分は、あるいは過去か、それとも未来か、または別次元に来てしまったのだろうか。
外見は10歳の少年ではあるが、銀河鉄道ジョバンニ号に乗って20年前の過去にやって来た30歳の大人だ。
幸いアウトドア人間だし、単純なサバイバルなら誰にも負けないつもりだ。
外見は10歳の少年でも、心は脂の乗り切った30代なのだ。
肉体がその心にちょっとついてこないのが難点だが、この世界で身に着けたスキルでそれを補っている
外見が10歳の少年はそう判断し、土管の中でお姉さんがぼくのハンカチを落として消えたからには、お姉さんもこの世界に来ているはずだと確信した。
ぼくも同じ時空を通ってこの世界にやって来たのだとそう理解していた。
サバイバルしながらお姉さんを見つける。
活発そうなお姉さんだったから、お姉さんも絶対にどこかで生きているはずだ。
理由もなくそう確信していた。
◇◇◇◇◇
外見が少年な男はまどろみながらも、ぼつぼつ薪を足さないといけないなとの意識が働いて、ぼんやりとだが目覚め薪をくべる。
火が勢いを得て強くなる。
強くなった火であたりの様子が伺えた。
闇に潜む、夜行性獣の目が、あちらこちらで光っている。
やれやれ、お前たちの餌にはなりゃしないぜ。
俺を小さな子供だと思っているんだろうが、外見は10歳程度の子どもでも、おれは30歳の大人で、俺の世界での人生経験も趣味のサバイバルも、さらには格闘技だって多少はできるんだ。この体だってそのまねごとはできる。
そう簡単に、お前たちの餌になってたまるか。
それにこの世界で獲得したスキルもいろいろある。
今じゃ口から火だって吐けるんだぜ。
と言って闇に向かって「ぶわぉお~~」と本当に少年は火を噴いた。
闇の生き物が一瞬たじろいで後ずさる。
が、火はすぐにちょろちろと消えてしまった。
ふん、こんなんでも脅しと、薪に火をつける役には立っているんだ。
「だれだ!」
「ひゃああ、お許し下せえ」そういった小男の手には、焼いた兎のもも肉が握られていた。夕食で余った奴だった。
小男と言うにはあまりにも小さく、姿も醜い感じである。
少年よりも頭一つ分小さい。
どうやら人間ではなさそうだ。
だが言葉は通じるのはありがたい。
それに弱そうだし害もなさそうだ。
「腹が減っているのかい」少年は、少年らしい言葉に替えて喋った。
「お許し下せえ人間様。獲物を捜しに出たのですが遠くまで来すぎまして、しかも獲物も獲れずお腹が空いてしまいまして、あまりにも美味しそうな匂いが漂ってきたのでつい…」
「そりゃあ可哀そうだね。じゃあこの世界のことを教えてくれる条件に、そのもも肉は食べても良いよ」
「ひゃああ、ありがとうございやす人間様。私はゴブリンでございやす。なんなりとお聞きくださいやせ。すると、旅の、お方でございますか?」
「うん、まあそうなんだ。一人旅、いや二人旅だったんだけど、もう一人とはぐれちゃったんだ」
「むしゃむしゃもしゃもさごくりもしゃもしゃ…」
「忙しいなあ、落ち着いて食べたら?」と少年は、自分も兎肉が焼けたときに慌ててかぶりついたことを忘れてそう言った。
「いえ、これがあっしらの食べ方なんで…お上品な人間様とは違うのでございやす」
「ゴブリンとか言ったね」
「へえ、さようで」
「君は幾つなんだい」
「い・く・つ?」不思議そうな顔をするゴブリン。
「えっと、生まれてからどれぐらい時が経っているの。子供はいるのそれとも子供なの?」
「ひゃあ、そういう事ですかい。生まれてから命の半分ぐらい生きてやす。番う相手もいて、子供も二匹いやす。この子供たちが食べ盛りで食料集めが大変なんでやす」
「(妻もいて子供が二人いて食べ盛りというと、おれと同じ30代から40代だろう)」
「そうなんだ、家族を養うって大変だよね」
「さようでがす。本当に良く食べる餓鬼どもなんですよ。だからこうして獲物を捜して遠くまでくることもしばしなんでやす」
「君たちゴブリンは仲間はたくさんいるのかい」
「へえ、わしらグループは、30家族50人ほどの集落になりやす」
「そうなんだ、それでゴブリンって、そう君の名前はなんて言うの?」
「名前でやすか、ありやしません。名前があると強くなれるのですが、誰もゴブリンなんぞに名前なんぞつけてくれやせん。それに名前を付けられる資格のある上級者様がおりません。なので、おらの村にはネームドは誰もおりません」
「そうなの、ゴブリンじゃ名前じゃないから、ぼくが名前を付けてあげるよ。君はそう『ピカチュイ』だ」
「ひぃやあ、おらに名前がついたネームドだぞ、ピカチュイ様だぞ」そう言ったとたん、ゴブリンは変身を始めたかと思うと、少し逞し気な35歳ぐらいの中背の人間ぽい感じの男になった。力もそれなりにありそうだ。顔もまあまあ見られなくもない。
「おお、マスター殿。ピカチュイは、我がご主人様に末永くお仕えし、永遠にこの命捧げます」ピカチュイがそう言って、少年の元に片膝ついて恭しく敬意を表した。
「(えっ、なにこれ?)」名付け親になると、名付けたものが変身をして家来になてくれるんだ。
そうなんだ。じゃあゴブリン村に行って皆に名前を付けて、何とかこの世界から元の公園に帰る手助けをしてもらおう。
そしてお姉さんも探して一緒に連れて帰るんだ。
少年は立ち上がり、右手を握りこぶしにして脇に添えてそう誓った。
夜が地の果てから白み始め追いやられていく。
太陽が昇り、荒野を照らし出す。
つづく
◇◇◇◇◇
銀河鉄道の夜 第8話ですが「その1」で、このお話は続きになります。 続きを書きたい方は「その2」を書いても良いです。タイピングのままに綴ったので、ストーリーも結末も何も考えていません。
誤字脱字意味違いは気が付き次第修正します。タイプミスや誤字を発見なさったら[ぶコメ]でもOKですよろしくお願いします。
第9話や第10話・・・など、何でもオムニバス風に創作できると思います。形式も自由です。あなたも何か書いてみませんか。いや、書いてみませんかじゃなくて何か書いてくださるとうれしいです。
この記事がきり番で600記事になりました。600記事とは、まあ、良く書いたねw
CM