チコちゃんに叱られないブログ

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アマゾン・プライム


アマゾン・プライム一か月間のお試し会員になっています。

 

そのお試し会員期間があと数日で終わります。

 

アマゾン・プライムお試し期間が終わったら、お試し期間で利用を止めようと思っていました。

 

ところが・・・

 

少額品を送ってもらうと送料もかかるのですが、せっかくの無料プライム期間なだからと、細かい品物も送料無料で送って貰いプライムを享受しておりました。

 

そのうえに旧作映画TVドラマも特典として観られる、無料のプライム・ビデオも楽しむようになりました。このビデオも幾つものタイトルがあって面白いのですねえ。

 

そんなわけですっかりアマゾンの策略通に嵌ったかもしれません。このプライム会員をお試し期間が終わっても、有料で一年間やってみても良いなあなんて思っております。

 

ちなみに前にブログで書いたように八王子の映画館も無くなってしまい、手軽に映画を楽しむことも出来なくなっていますので、その代償としてプライム・ビデオはそんな隙間に入り込んでしまいました。

 

今後は上映中の話題の映画を観るためには、近くても立川日の出までお出かけしなければなりません。映画を観るためにお出かけなんて、いまどき移動して映画を観るなんてことは可能な限りしたくありません。

 

それにこれまで自分が見ていない映画もTVドラマも数たくさんあり、その量たるやエベレストに登るほどに果てなき峰の稜線を追うようなものなのです。

 

つまり自分には未踏の峰(映画等)が果て無くあるってことです。

 

自分が見たことのない映画やドラマは自分にとっては全て新作です。

 

新作旧作何が違うでしょうか?

 

新しく公開されるのが新作なら、どんなに古くても自分が見ていない作品であれば、それは自分にとって新作であることに何の違和感もない。ただ時代設定性が強過ぎたり、CG的レベルが今見て顕著に雑だと時代遅れだなあとは思いますけどね。

 

いずれにしても自分が観ていないってことだけで、自分には新作と同列です。

 

その新作が自宅で見られるってのは、例えると本を買ってきて家で読むようなものだ。その本代(プライム・ビデオ)もアマゾン・プライム会員になると、無料で見られる作品があるという特典のおまけのようなものだしさ。

 

古くに刊行された本だって自分が読んでいなければ、先に言ったようにそれは新作と同じですね。

 

基本DVDも借りて観るということをしない私ですが、DVDを借りてチョイス失敗感を味合わずに済むのもプライム・ビデオならではの良さですね。つまらなければチャンネルを変えるように、別の映画を選択すれば良いだけです。

 

そんなわけで映画も好きなので、お試し期間で釣られてアマゾンプライム会員になりそうです。こんなアマゾンのプライム会員獲得策略に、どうにも載せられてしまった自分がいますねえ。

 

このようにしてアマゾンは、プライム会員を何十万人と獲得しているのだろう。

 

日本だけでアマゾン・プライム会員は100万人か、あるいは数百万人、それとも一千万人以上いるのだろうか?

 

アマゾン・プライム会費3,900円(税込)だ。

 

百万人の会員で年約4億円だ。

 

プライム会員はアマゾンで買い物もするし、その経済効果たるやすざましものだろう。もし日本に一千万人の会員がいれば、プライム会員の会費だけで年間40億円の売り上げとなる。

 

これが世界中で行われているとしたならそれこそ恐ろしいものだ。世界を相手に人ひとりから1日1円利益を上げるだけでも、毎日60億円の売り上げ生まれてくる。

 

一人ひとりからたくさん収益を上げなくてよいのだ。

 

たくさん収益を上げなくてよいから価格は安く提供できる。

 

誰しも支払は少しでも安い方がいいに決まっているから、安いところを探して購入する。結果的に物品販売の個人店ははなから太刀打ちできないし、多くの量販店でも特別なサービスや営業形態がない限り敵にはならない。

 

こうやって世の中の傾向サービスは巨大化していき、メガ時代はとっくに過ぎ去り、ギガ時代も過ぎ、今やテラ時代になりつつある。その先はペタ時代になっていくだろう。

 

ペタ時代はどうしたって会社の超権力者(代表取締役社長)こと王様が権力を掌握し、その王族と王族関係者以外は年貢を納める奴隷に近いといった世界観しか読み取ることが出来ないだろう。

 

そういったペタ時代は、ペタの群雄割拠により世界が統治された閉塞社会が始まる。国などといった単位は既に形骸化しているか、あるいはそういった観念すらも無くなっているかもしれない。

 

そんな社会はだれがどこで死のうが関知しない社会であり、死は必然的な代謝に過ぎず、強制的な死も意味を持たないほどの強健確固たる封建制度が確立してしまい、テロ行為そのものが意味をなさないのでそういった概念さえなくなるだろう。

 

そしてその統治世界では、間違っても下克上なんて事は起きる事すらない、永遠と言える固定社会となっているはずであろう。

 

今考えるとそれは恐ろしい時代と言えるが、ゆっくり変化していくときの流れの中で固定化されて行くその世界に生きていてそのことが、問題意識に上がるかもが問題であろうか。

 

その時代がいつやって来るのか、そしてその時代になった時に世界はどう変わっているのか、それが知りたいものだ。

 

だれか、その話をフィクションで書いてみてくれないものだろうか。

 

そして映画化して欲しいけど、映画ソイレント・グリーン程度でごまかすのはだめだよ。

youtu.be

※ソイレント・グリーンは公開当時としては衝撃的な内容だった。食品の原料が何かには驚くけど、映画の流れである程度想定させられた原料ではあった。

 

映画も楽しめるアマゾン・プライムだけど、会員になったら会員だからいつでも観られるからと、実際はそんなに無我夢中で観ないかもしれない。無料のプライム・ビデオも残念な作品が多いみたいだし・・・

 

どっちにせよなんとなく魅力的なアマゾン・プライムだけど、映画鑑賞に多くの時間を割くよりも、まだまだ色々な事をやってみたいのです。

 

例えばこのブログを書くのだって時間がいる事だし。

 

そういうわけでプライム会員は魅力的ではあるが、やはりお試し期間だけで終わるのが自分には良いだろう…2019年6月15日Prime会員継続中です (´▽`;)