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第4話+ミスターM氏の惜愁|Hatena Blogger 銀河鉄道の夜


第4話+ミスターM氏の惜愁

 

「お帰りなさい、ミスターM氏様」

 

桔梗はそう声をかけて深々とお辞儀をした。桔梗のお辞儀は優雅で落ち着きがあり洗練されていた。

 

「ああ、自分と対面してきたよ。もう過去に思い残すことは何もない。良い旅だった、さあ。桔梗さん地球の現在時間まで連れて行ってくれ」

 

「それがミスターM氏様、ジョバンニ号の調整に狂いが生じまして発車時刻が少し遅れることになりました」と、桔梗が申し訳なさそうに告げた。

 

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「えっ、そんなことが・・・で、どうなるのだ」 ミスターM氏が少し狼狽気味に桔梗に聞いた。

 

「時間的にはわずか相対絶対時間的には数時間のことですが、地球に帰り着いたときにはミスターM氏様の時間軸が40年ほどが経過している可能性があります」

 

「よ、40年だと!」

 

「申し訳ございません」さらに深々と頭を下げる桔梗。

 

「申し訳ないですむことか、わたしの人生はどうなってしまうのだ。30歳から一挙に70歳まで歳をとるなんて、それじゃあわたしの人生は死んだも同然じゃないか」

 

「仰る通りで、返す言葉もございません。ただ解決方法はございます。70歳でもう一時度ジョバンニ号にご乗車いただければ、30代の時間軸に行くことが可能です。そこから人生を再構築なさることが可能になります」

 

「40年の空白はどうなるのだ。30歳のわたしが突然70歳になって元の地球に帰り着いて、30歳だったそれまでの生活などはどうなるのだ」

 

「それは、言いにくいのですがミスターM氏様は、失踪したとおそらく世間では認識されるのではないでしょうか」

 

「なにが恐らく失踪したと認識だ!」

 

ややあって、さらにミスターM氏が続けた。

 

「わたしは自分の人生を取り戻したくてあの時のジョバンニ号に乗ったのだ。その結果が自分がこれまで生きてきた時間よりも長い時間を失うのか。そんなことがあっても良いのか。不合理極まれりだな」

 

ミスターM氏は怒り以外にこの感情を表すすべがなかった。怒りを抑えるほど、怒りで爆発しそうになって体が小刻みに震えだす。

 

「お怒りはごもっともです。ジョバンニ号の機関手の行入と銀河鉄道上層部とも対処について検討させていただいた結果、40年後のミスターM氏様を好きな時代へ無料でご案内させていただくことに決定いたしました。こちらがその腕時計型IDになります」

 

桔梗はそう言って、スマートウォッチのような形式のIDをミスターM氏に手渡した。

 

ミスターM氏は怒りで震え気味ではあったが、そこは沈着冷静に取り繕うべく努力をして腕時計型IDを受け取った。受け取った腕時計型IDにもミスターM氏の怒りで震え気味の手の振動が伝わって小刻みに揺れていた。

 

「本当に申し訳ございません」桔梗はさらに深く頭を下げた。そして「後程、コンパートメントの方にジョバンニ号の機関手行入がお詫びに参ると思います。その際に最上級のコンパートメントへの切り替えと、最上級のサービスを行入が設定させていただきますので、よろしくお願いします」

 

ミスターMはジョバンニ号のコンパートメントは部屋を移動することなく、旅客運賃に合わせていかようにも設定が変更できることを聞いているのでそのことに疑問はなかった。

 

最上級のコンパートメントはまさに一泊数十万円はしようかという豪華ホテル仕様であった。ヘネシーリシャールも用意されている。ワインセラーにはハーラン・エステート レッド・ワイン ナパ・ヴァレ2014物など高級ワインが収まっていた。

 

◇◇◇◇◇

 

 

「ミスターM氏様、間もなく地球現地時間到着でございます。どうぞ下車準備をお願いいたします」桔梗が下車口にやって来ないミスターM氏のコンパートメントをノックした。

 

軽くノックしただけでコンパートメントドアは空いた。

 

桔梗はソファーに腰掛けて、やや放心したかのようになっていたミスターM氏のもとに駆け寄った。

 

「ミスターM氏様ぁ!」床に膝立ちした桔梗がミスターM氏の手をそっと掴んで、落ち着き気味に声をかける。

 

「お下車の時間でございます」

 

ミスターM氏はふらつきながら「そうか?」と言って、桔梗の肩に手を乗せて立ち上がった。

 

桔梗はこんな状況に置かれたら誰しもアルコールでも飲んで自分をごまかさなければやっていられるわけはないわねと、床に転がるアルコールの瓶を幾つか目にとめた。

 

「大丈夫でしょうかミスターM氏様?」桔梗が聞く。

 

「大丈夫だ、地球に下りればわたしは70歳なんだろう。70歳であればこのIDで折り返しジョバンニ号の乗車して元の30代の時空へ戻れるのだろ?」

 

と、桔梗の方に手を回して手助けをしてもらいながら下車口へ移動した。

 

「はい、ミスターM氏様その通りでございます」 

 

「出発はこの後、午後3時15分になります。ジョバンニ号への乗車は一回だけのIDになります。くれぐれもご乗車お忘れなく」と、言っていた桔梗の声が遠のいた。

 

◇◇◇◇◇

 

ミスターM氏は奄美大島名瀬市のアーケード街の中をふらついていた。自分がどうしてこんな場所にいるのかも分からなかった。いったいわたしは何をしているのだろう。

 

遠い記憶の中でどこかの公園で、二つぐらいの年上の可愛いが、それでも物言いのはっきりした女の子の側でブランコをしていたことを覚えている。

 

あれは夢だったのかな。

 

その女の子の隣のブランコで、わたしが女の子の方をチラッチラッと見ていた。そんなわたしの様子を女の子は気が付いていたようだけど、女の子は気が付かないように前向いて空を見つめていた。

 

ブランコでぶらぶら揺れていたら、その時、稲光がしたと思ったら、ザサーっと大雨が急激に降ってきたんだよな。二人ともびしょ濡れになったそんな記憶が甦る。

 

あれ、あの雨で濡れてどうしたんだっけかな…そうだ二人で土管に入ったんだ。公園には大きな土管でトンネルを作った築山があったものだからなあ。二人でそのドカンに入ったんだ。

 

ピカッと稲光。

 

土管の中でお姉さんっぽい女の子のシルエットが浮かび上がる。雨で濡れて膨らみかけた胸元が稲光で浮いて見えた。お姉さんは静かに泣いていた。

 

10歳のぼくはその時恋に落ちたんだ。と、ミスターM氏は懐かしむようにそのことを思い出した。

 

ぼくはお姉さんにハンカチを渡した。

 

「ふふ、びしょ濡れ」と言ってハンカチを受け取ってくれて、涙を拭いた。その時になんて切ない表情をするお姉さんなんだろうと思った。

 

ぼくたちはハンカチを翌日返す約束をして別れた。

 

それからどうなったのか、自分の人生すらミスターM氏には分からない。

 

なんでいま奄美大島に来てこのアーケード街にいるのかすらも理解できていない。

 

左腕につけた腕時計型IDで、電車だろうが飛行機だろうがなんでも乗れたし、レストランでも食事が出来た。それでこんなところまでやって来たのだろうか。

 

一見スマートウォッチのような時計型ID表示は次のように表示されていた。

 

All domestic free(国内全て無料)

Expired / Giovanni ride(期限切れ/ジョバンニ号乗車) 

 

ミスターM氏の風貌は70歳相応の風貌であるが、どうやら少しまだら痴呆症が入ってきているのかもしれなかった。まだら痴呆症とは、正気の時と呆けているときを繰り返すものらしかった。

 

名瀬のアーケード街を、電動アシスト自転車に子供用補助席を付けた女が颯爽と通りる。その自転車を見た爺と言うにはやや早い、しかし高齢者には間違い男どもが過ぎ去る電動チャリの後を追うよう見つめている。

 

その中にミスターM氏もいた。

 

そのミスターM氏と、電動チャリに子供用補助席を付けた女と目が合った。

 

お互いに、何か、何か、どこかに忘れ物をしたような表情を見せたが、女はぐさま前を向いて電動アシスト自転車は行き去った。

 

ミスターM氏は昔を懐かしんだ。

 

あんな目をした女の子だった。

 

夢か幻か、あの時の女の子が呼んでいた。

 

わたしを見つけて

わたしを捜して

わたしは

あなたを

待っている

好きだよ

ミスターM 

 

なにか分からないままにミスターM氏の目から涙が零れ落ちる。

 

ミスターM氏はポケットからハンカチを取り出し涙をぬぐった。ミスターM氏が手にしていたのは、真新しいきれいなピンクのハンカチだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇  

 



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ミスターM氏に「一部奄美大島刃傷殺人事件簿」の9話を輻輳させて、ほおずきれいこさんの『Hatena Blogger 銀河鉄道の夜 第4話』の続編風に書いてみました。