ひとりで生きること
2020年10月10日
はいはいはい、廃人同様、はい、獰猛です。
中高年の星☆爺婆の太陽 の静吉プレゼンツでございます😍
ますをさんのこちらの記事にコメントしようとしたのです。
コメントを書いていたところあまりにも長文になってしまったので、書いていたコメントに付け加えて、さらに雑多なことを書いて記事にしてみました😅
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新型コロナウィルス禍の中で、結婚のステータスが上がっているというのは面白いですけれど、自主自粛で一人で自室に籠もっていて、より寂しくて人恋しと思い始めたからなのではないでしょうか。
それでも若い人たちは婚活アプリなどでパートナーと言うのか、とりあえずデートでも出来るような相手を探すチャンスがあるだけで羨ましいと思います。
高齢者になってしまうと婚活アプリなどでは、年齢詐称に盛り盛り画像にでもしない限り、誰も相手にはしてくれないでしょうね。有名人とかあるいはセレブ並の資産あるとかさ。
有名人でもなく資産もないものとしては、寂しいものです😭
とはいえ高齢者であっても人恋しさに関して若い人となんら違いはありません。
高齢者でもやはり人恋しいという思いはあるものです。
ですが高齢者は条件的にパートナーを求めるというのはかなりハードルが高いものになってしまいます。
特にオンラインアプリなどでは難しいと思います。
って、実際は知らないけど…
その結果代償行為として、旅行やハイキング趣味などで気を紛らわせたりしていますけれど、人恋しさというのはやはり別になってしまうので、この想いはこの先も消えることはないと思います。
しかしながら共に生活を始めたとしたら、お互いに相手を受け入れて余るほどの許容精神がなければ、細かいところに食い違いからやがては生活がギクシャクしてくるでしょう。
二人の生活が長ければ長いほど、男の方では女性のなんとなくの不機嫌が気になるようになり、女の方は男の甲斐性なさが全般的に嫌になり始めてしまうはずです。それを乗り越えて来たとしても、どちらかが我慢をしているから別れていないだけということも少なからずあるのです。
そんなことを経験的に先読みしてしまうと、これからは一人の方がやはり極楽天国ではないのかと思うのです。
二人で共に生活始めて二馬力で生活費を稼いでも、お互いに家事を協力し合いながらやっていても、不平は出るのは女の方からがほとんどじゃないかと思います。
男の方は家事分担で分担の家事をこなすだけでも精一杯で、そのことで自分が分かっていれば不平を言うようなことはほとんどないと思います。
男は決められたことは出来る限りこなすという、どちらかというとマゾ的な面もあります。
まあこれは人にもよるかもしれませんが、いろいろと女性と接してみて意味のわからない女の不機嫌さは、はっきり言って男にとって意味が分かりません。
あれって生理だけでもないと想うのです。
男にとってはそんな不思議な生物ちゃんが女性であるわけです。
これはちょっと一方的に決めつけたかもしれませんが、そう思っても女性の多くはそのようなところを多分に持っている印象が強いです。
新型コロナウィルス禍の中で、自主自粛で活動力が制限され自室で過ごすことが多くなれば、仕事での付き合いであったとしても人との接触が少なくなり、会話する頻度も極端に下がってしまえば自ずと人恋しくなるものだろうと思います。
そんなのでも今の現状の日本では家族制度が崩壊しているので、家族制度は崩壊しているというよりもななぜかしら肉親をやや嫌悪的にみる面があって、嫌いじゃないし愛しているのだろうけれど、親兄弟に連絡をするということが少ないことが多いのです。しかしこれは動物的巣離れなの一種だと思います。
うちは違うよ三蜜じゃないけど密だよってお宅も当然あるでしょう。
世の中にはいろいろな家庭があるのが当然で、ここで言ったようなことだけで区分できるようなものじゃないのはこれまた当然です。
そんなことを考えても家族制度家長制度が崩壊しかかっているのは、これは違いないと思います。例えば地域でまあまあの名家みたいなお宅であっても、いまは誰も結婚話などの釣り書きを持ってくる人はいないかいても少ないと思います。
それでも女はそれなりであればなんとか嫁に行くなんてこと可能ですが、男の方はそのままひとりで両親の面倒を見て一生をひとりで終わるなんて可能性も高いのです。そんな感じに家族制度が崩壊しかかっている気がします。
普段密な連絡してなくて、もう独立してひとりで生活を立派にやっていると思われているのに、人恋しさから思いついたように肉親親兄弟に連絡を入れても、逆に何かあったのかと訝しがられてしまう可能性の方が強いです。
そんなことがあれば言葉の印象から、ああ自分は親兄弟家族からも受け入れられてないんだなぁなんて勝手に思って余計に寂しい思いが残るだけになってしまいます。
そうなればますます肉親の親兄弟という家族から疎遠になってしまうでしょう。
そんな肉親の親兄弟から疎遠になるような人間性で、赤の他人の異性とその時の感情と肉体で結ばれているうちはまだ良いですが、三密ならぬ蜜な時を過ぎてしまえばお互いに不平不満も心の中にわだかまってきます。
そんなことを考えると案外に独身生活というのは、人恋しさにどこかで少しばかりの折り合いをつければ、現代日本の中では最高の生活スタイルではないかと思うのです。
もちろんこれからの老後のことを考えたたりすれば、パートナーがいたり子供がいたりすれば良いだろうなというのは本能的にあると思います。
それも翻って考えてみれば子供であるあなたが親兄弟に対して、どれだけの時間とお金をかけて面倒を見ることはできるのでしょうか。もしそうなったときに、今後の全人生を親兄弟に対して傾注できるかを考えてみたら、先行きのことはどうなるかは分からないというのが本当のところでしょう。
そしてそれは自分の子供がいたとしても、その子供にとっても同じ状況になるはずです。もちろんこれは人それぞれによる特殊性もあるので、一概にすべてがそうだと言っているのではありません。
まして自分が所帯を持ったりして子供を育てていれば、実家の方にそれほどの援助できなくなるのは当然です。子供一人に教育を受けて大学まで通わせようとしたら、今の時代は膨大なお金が必要になるのです。
ということはあなた達に子供が出来たとしても、これらのことに思い至らなくて家族の絆を深めようとしない限り、子どもたちが独立してしまえばいまのあなたと同様になってしまう可能性が高いのです。
そして親の背中を見て子どもは育つのですから、自分の親の事は少々手抜きでも構わないんだなというのが、あなたの背中を見た刷り込み現象として子供にはすでに植え付けられているのですから、蛙の子は蛙以下になるのは当たり前だと思った方が良いでしょう。
人として生まれて子孫を残さないのは人としての役目を果たしていないなんていう場合もあるかもしれませんが、そんなのは野生動物だってパートナーを見つけられなく、あるいはハーレムの権力の前に生涯伴侶を得ることはできず、自分の子孫を残せない野生動物だって少なくはないはずです。
ましてや人間は考える葦です。
そして動くこともできる葦です 。
パートナーと家庭を持つ楽しみも喜びもあれば、当然不安や悲しみもそこにはあります。そして子供を持つ喜びもあれば子供を持つことの大変さも十分過ぎるほどに思い知らされるものなのです。
それらも含めて人生ではあるのですが、現代においては選択肢は自由であるけれど結婚というものを望んでも得られない場合には、得られないものを欲しがるのも人間の性です。
しかしながらその性に固執妄執し囚われることは人生の無駄かもしれません。視点を変えて自分の世界を生きることにすれば、そこから新たな世界が広がるのではないでしょうか。
そんな視点を変えた世界で生きることによってよりあなたは輝き、そんなところに誰かが思いを寄せてくれて、それこそパートナーを得ることのできる可能性も広がるのではないかと思うのです。
なんだか自分でも文章がうまくまとまらなかったなあって思いますが、ますをさんの記事を拝見していろいろ考えてしまいました。
なんにしても、自分で自分を生きる精神を持つことが大事じゃないかと思います😍
この記事は 中高年の星☆爺婆の太陽 静吉がお届けしました😎
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