地獄花
2019年10月1日
地獄花といえば曼殊沙華ことヒガンバナを指すことがある。
彼岸花は私の住む場所付近では今からが最盛期となって花開き、土手に植えられた赤い花が点々と目を引く。
彼岸花の真っ赤な花とか、ボケの真っ赤な花などを持って帰ると、家が火事になるからと注意されたこともあるけど、それでもちゃんと生けてくれていたりした。
火事になるは、その花の赤い色から火を連想させるのだろう。
彼岸花は子供のころベロ曲がりとも言われていた。
手折った茎の折口を舐めるとベロが曲がるほど苦いからそういわれていたのだろうと思うけど、全草が毒草と言う事で誰も試してみた人がいないと思うが、自分が子供時代にはちょっと舐めてみたような気は、思い返せばしないでもない。
ところでタイトルの地獄花の歌に遭遇したのはいまから十数年前の事である。
それまで歌を唄うどころか歌が嫌いじゃないけど、歌を唄うなんてのは河原乞食のやることだという狭小な封建的思想をどこからか植え込まれていたみたいで、歌を唄うなんてのは卑しいことだという風に変に解釈していた。
だから学校で音楽の成績は非常に悪く、中学時代は居残りで職員室の横でハーモニカの練習させられたこともあったけど、いやいややる上に好きじゃないものだから残されても全く上達しないので、そのうち先生に飽きられてハーモニカの練習から解放されたほどだ。
幼少のころから音楽関係の全くない環境で過ごしたので、未だに音感が悪くて仕方がない。
音感が悪いというよりも耳の音楽を受容する能力が劣っているのだ。耳とは言っているが、これは脳の能力の事でもある。
最近はやっとだけど、注意していれば伴奏の中のメロディーラインが耳に入ってくる程度には鍛えられた。けど、これも唄うことに夢中になってしまうとすぐにメロディーラインが聴こえなくなってしまって、肝心の唄が外れしまう。
わたしは音楽はスポーツと同じで練習に継ぐ練習のように、基本はスポーツと同じく練習することがもっとも大事だと思っている。その上で、自分には越えられない持って生まれたに近い音感才能を有する人々を、激しく嫉妬せざるを禁じ得ない。
こんなことから、それなのになぜ歌が好きになったからを書いていると、ほぼ毎日書いても一年は書き続けられるほどだから、今回はこの辺で本題の地獄花に戻す。
地獄花に遭遇したのはとあるスナックでである。
カラオケが唄いたくなって通うようになったスナックだけど、そんなスナックのとある一軒での事だ。
その女は東北から流れて関東に来たみたいだ。
実家は地方議会の議員をやっていたともいうから、それなりのお宅だったのであろう。
この女が実に歌が上手いのだ。
どんな歌を唄わせても上手。たぶん誰も敵わないくらい上手。演歌はもとよりアニソンのキャンディキャンディまで上手に唄う。上手でも、さすがに知らない歌は練習したこともないのだから唄えないのは当然。
その女がなぜに歌が上手いのか音楽耳の出来ていない私には分からないのだけど、カラオケ教室に通っているというある女が言うには、彼女の歌声には唄の伴奏も入っているっていうのだ。
どうやったらそんな唄い方が出来るのかと聞いたら、その女が言うには「無理だね、真似て出来ることじゃないから天性のもんでしょう」って言っていた。
その女が地獄花を唄うときに、地獄花の浅丘ルリ子の台詞を俺にやれっていうのだ。本来歌が男でセリフが女の役回りの歌なのだ。
本人東北の出だから歌はいいけど標準語的なセリフに弱いみたいで、わたしが浅丘ルリ子の代わりでセリフをやる感じになった。
そんなことが何度かづづくうちに、自分でも地獄花を唄うようになった。
簡単な歌のように思えるのだが、この地獄花は唄ってみると意外に難しく、たまにしか唄わないこともあるのだが十数年経っているけど、いまだ練習中の歌なのだ。
ただし、スナックで歌ってもこの歌を知っているものが少ないので、上手いか下手か分かりにくい状態のとはいえ、下手なんだけどどさくさに紛れ極々たまに唄っている。
地獄花の曲調(ジャンル)はワルツかと思うけど、ワルツで踊るとステップがズレるのでタンゴだなんて書いてあるサイトもあった。けど、Google 検索でそういったサイトもめっきりヒットされなくなり、 Web 全体が巨大産業の Google に忖度しまくっている時代に成り下がっている感じもしなくはない。
インターネットに依存する時代に余りありて、ネットは密やかに Google の支配下の掌中に既に捉えられてしまった感もある。
アドセンスのブライバシーポリシーも更新され、より公序良俗のお仕着せ忖度強要的な感じがする。なんでも良しというわけではないが、人が生きる上でグレイゾーンも幅広く必要じゃないかと思う。
時には母のない子のようにじゃなく、泉沢ちゃんじゃないけど「いっぱい」ぐらいブログでいっぱい書きたいものだ。いっぱいは男女ともに憧れなんだ。
話が脱線したが今夜の徘徊で、この歌を唄いながら涙ぐんでいた東北出の女も思い出し、いろいろな思いを込めて『地獄花』を唄って来ようと思う。
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